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名古屋高等裁判所 昭和41年(行コ)11号 判決 1967年1月17日

控訴人・被告 名古屋法務局供託官

指定代理人 川本権祐 外三名

被控訴人・原告 磯貝三子

訴訟代理人 小林淳三 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人らは「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人らは控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、書証の提出、認否は左記のほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴代理人らの陳述)

一、一般に権利行使に期限が附されているときは、その期限が到来するまでは権利の行使をなしえないのであるから、それは権利を行使するについての法律上の障害である。しかるに原判決は弁済供託につき供託の必要が消滅することを不確定期限とする寄託契約であるとしているが、その期限なるものは権利行使についての法律上の障害ではなく、供託者の供託関係における基本的地位をさすものに外ならないから消滅時効の起算点について、「供託を維持する必要がなくなつたとき」と解すべき理由とはならない。

二、原判決の趣旨があるいは「権利を行使しないことを正当付ける法律上の理由がある限り消滅時効は進行しない」という意味であるとしても、弁済供託に関しては法令上取戻請求権の不行使について特段の規定は存しないから、結局「権利を行使しないことが正当視される理由」と同義と解されている。したがつて民法第一六六条の解釈として権利を行使しないことが正当視される事由の存する間はたとえ当該権利行使自体に法律上の障害が存ないし場合であつても「権利を行使することを得るときにあたらない」と果していいうるであらうか。個々の具体的権利の不行使について一々当該債権者につき正当事由の存否をたずねることはおそらく時効の本旨にもとることになろうし、従来の判例学説が確立してきた理論と著しくかけ離れたものとなるであろう。

要するに、供託関係における取戻請求権ないし還付請求権について民法の消滅時効の規定が適用されるという前提をとる限り、問題は民法第一六六条の解釈の問題一般として取扱うべきものである。してみると、供託者において供託を維持する必要がなくなつたときから消滅時効が進行するという原判決の解釈は失当であるといわねばならない。

理由

当裁判所の判断によるも被控訴人の請求は正当であつて認容すべきものと考える。その理由は、左記のほか、原判決の説示するとおりであるから、原判決の理由記載を引用する。

一、国の債権債務の時効についてはそれが公法上の原因によつて発生するときは会計法の規定によるべきこともちろんであるが、私法上の原因に基くときは民法の規定によるべきものと解される。弁済供託は第三者の為にする契約と寄託契約との混合契約に類似する私法上の契約にほかならないから、その効果として発生する還付請求権や、取戻請求権についても民法所定の一般債権に関する一〇年の時効にかかるものと解するを相当とする。もつとも取戻請求権については供託者が供託金の取戻をなす撤回権ともいうべき権利と、その行使によつて発生する取戻請求権とは観念上異るが、前者は後者の法律効果発生の手段にすぎないから両者はこれを一体として考え、叙上のごとく一般債権の時効期間によるべきものとおもわれる。

二、右取戻請求権の時効進行の開始の時期については、原説示のごとく弁済供託の供託者において供託を維持する必要のなくなつたときと解するのが相当である。

元来消滅時効の起算点について民法第一六六条第一項は「権利を行使することを得る時」と定めているが、その趣旨は権利の行使に法律上の何らの障害も存せず、したがつて権利の行使に眠る者でない限り、その権利の行使が当然期待されうる時のことである、このことは消滅時効が「権利の上に眠る者」を保護しない趣旨であることからみて当然のことといわねばならない。

三、ところで、弁済供託における供託者が供託の原因となつた債務について弁済の効果をうけるためには供託を維持するほかなく、供託者としてはその維持について法律上の利益と切実な必要性とを有するのであるから、民法第四九六条に「債権者の受諾もしくは供託を有効とする判決が確定するまでは供託者はいつでも取戻しうる」旨規定されているからといつて、供託者が取戻をなすについて法律上何らの障害もなく、その取戻を期待し得られるものとはいえない。権利行使に関する法律上の障害の有無については、供託制度の存在理由をも併せ考え、そこからくる制約をももとより考慮にいれて決しなければならないからである。

すなわち、弁済供託者は形式的にはいつでも任意に供託金の取戻ができるとはいえ、取戻をなせば供託の効力が根底から崩れ去るのであるから、供託の効力を維持する必要性の失われない限り、供託金の取戻をなすことはできないものといわねばならない。

この意味において弁済供託者が取戻をしないで債務免責の効力を維持することは権利の不行使というよりは、むしろ原判決も説示しているように権利の行使に当ると解する余地さえあることを否定できないものがある。

四、控訴代理人らは権利の不行使につき、いちいち債権者にいかなる正当な理由があつたかをたずねなければならぬとすることは時効の本旨にもとると主張するが、時効制度はいうまでもなく権利の上に眠るものを保護しないという制度であるから、権利の行使になんら欠くるところのない供託者が消滅時効による不利益を被るべきいわれのないことはもはや多言を要しないであろう。

以上の次第ゆえ、当審の判断と同一結論に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 成田薫 裁判官 黒木美朝 裁判官 辻下文雄)

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